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フランク・シナトラ、酒と女とギャンブルと

―Wrote Byシナトラ・ソサエティー・オブ・ジャパン代表 三具保夫―

 酒とギャンブルと女は男の甲斐性という人もいるが、ほどほどにしないと体を壊す、借金地獄に陥る、ストーカー扱いされるで、いいことはない。しかしシナトラは人生の達人、酒にも賭博にも女性にもめっぽう強かった。
 まずはお酒だが、シナトラの大好物がテネシー・ウィスキーのジャック・ダニエルズだったことはよく知られている。がぶ飲みをして前後不覚になることはあまりなかったようだが、一度ジョン・ウェインに毒づいて一撃を喰らったことがあったとか。1991年のワールド・ツアーではスコッチ・ウィスキーのシーバス・リーガルがスポンサーにつき、シナトラはステージでグラスを持って「カンパイ!」とやっていたが、中身は紅茶だったはずだ。そういえば、シナトラの相棒ディーン・マーティンには酔っ払いのイメージが定着しているが、酒にはそれほど強くなかったし、ステージでは素面だった。つまりアカデミー級の演技だったわけだ。
 シナトラが歌ったお酒関連の歌といえばまず「酒とバラの日々」。もとはバラードだがジャジーにダンディーにスウィングしている。「酒は涙か溜息か」的の歌では、ダイナ・ワシントンも歌っている「ドリンキング・アゲイン」がペイソスあふれる名唱だ。 ギャンブルといえばヴェガス、ヴェガスといえばシナトラ。シナトラがシーザース・パレスに出演しているときは、ホテル前の大看板には “He’s Here” とあるだけ。1950年代から60年代にかけてラスヴェガスの根城はサンズ(今はもうない)だったが、あるとき天井知らずの賭けに出て、ホテルから「クレジットいっぱいだ」といわれてひと悶着起こし、シナトラはサンズを去ってシーザースに移った。
 ギャンブルの歌といえばきわめつけは「ラック・ビー・ア・レイディ」。ニューヨークを舞台にマーロン・ブランドやシナトラらギャンブラーたちが蠢くミュージカル『野郎どもと女たち』のハイライト・ナンバーで、映画では歌の素人ブランドが吹き替えなしで歌った。シナトラはそのことをしばしばステージで揶揄していたが、事実この歌はシナトラの独壇場で、ダイスをふるしぐさを交えた歌は天下一品だった。
 最後に女性だが、常にゴシップ欄を賑やかしていたシナトラが婚約まで行ったのはハンフリー・ボガートの未亡人ローレン・バコールと南アフリカ出身のダンサーのジュリエット・プラウズ。結婚は4回で、最初のナンシー・バーベイトは幼なじみのイタリア系の賢母タイプ。二人目が大スキャンダルを押し切って結ばれた妖艶のハリウッド女優エヴァ・ガードナー。三人目はエヴァとはまったく逆のスレンダーでボーイッシュなミア・ファーロー。彼女とは30歳離れていた。4人目そして最後がマルクス兄弟の末弟ゼッポと離婚していたバーバラ・マルクスで、彼女はあまり売れないショウガールだった。シナトラが歌った女性の名前のついた歌で、まず思い浮かぶのが「ナンシー」だ。1940年に生まれた長女ナンシーを歌ったナンバーで、1981年レーガン大統領の第一期目の就任前夜祭では歌詞を変えてナンシー大統領夫人に捧げた。バーバラ夫人を歌った「バーバラ」という曲もあるが、残念ながら歌そのものの出来があまりよろしくない。
 蛇足ながら、シナトラがエヴァと結婚したのは1951年11月7日、ミアとは1966年7月19日、バーバラとは1976年7月11日。カードの世界で7と11はラッキー・ナンバーである。シナトラも大安を選んだということか。

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