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第1回「喜樂座天勝帰朝公演」

―Wrote By柴田 浩一―

 現在の伊勢佐木町3丁目96番地には、かって映画館も入っていた日活会館という建物がある。今は地方都市の雰囲気を漂わせる商店街のゲーム・センターが入るビルになってしまった。ここにはかって殷賑(いんしん)を極めた町があり芝居小屋「喜樂座」があった。
  大正14(1925)年7月1日(水)この「喜樂座」で美貌の奇術師、松旭斎天勝が帰朝披露公演を行った。天勝は前年の1月に横浜を出港、ホノルル経由でサンフランシスコからアメリカ興行を開始した。そして1年以上も全米各地やカナダを巡った。その間、商才に長けた天勝らしく芸人のスカウトにも余念がなく一座に多くの仲間を加えていった。オコニエフ夫婦は歌とピアノ、ダンサーのG.ヴァージニア、そしてジャズ・バンドのカールC.ショウ・カンパニーだ。
  その凱旋公演の幕開けは7人編成の賑やかなジャズ・バンド演奏に乗って、ヴァージニアを中央に一座の花形総出演のライン・ダンス。まさに浜っ子の度肝を抜いた。この時、演奏された曲は「ライム・ハウス・ブルース」、「シャイン」、「サムバディ・ラヴス・ミー」。あとはどうもカントリーやマーチのようだ。ミセス・オコニエフの歌もソプラノでジャズとは関係ないだろう。ただ特筆出来るのはG.ガーシュインが前年のミュージカル「ジョージ・ホワイトのスキャンダラス」に書いたナンバー「サムバディ~」が演奏されたことと、ブルース演奏は、今のような情報網がない当時として驚くべきスピードだ。さすがアメリカ土産といっていい。残念なのはバンドの編成が判らないことだ。この頃はニューオリンズ・ジャズがシカゴで花開き、ニューヨークでもブルース感覚を取り入れたジャズが生まれている時期だ。先見性に優れた天勝ならば新しいスタイルを使ったのではないだろうと想像する。
 興行は十二日間昼夜二回、入場料は一等二円、二等一円三十銭、三等七十銭だった。今でいうなら二円は四千円くらいか。
こうして横浜市民は日本初のジャズ演奏に諸手を挙げて歓迎した。
  後日談がある。JAZZプロの同僚中川明が天勝の伝記(石川雅章著)を買ってきた。帰朝公演はどうもおかしいぞ、横浜じゃあないらしいという。読んで二人で国会図書館に行き調べた。時事日報と報知新聞の大正14年の6月の新聞だ。それによると6月26日から30日の5日間で帝國劇場となっていた。残念、日本初は横浜ではなかったのだ。さらに6月19日には帝劇出演を前にラジオ放送にも出ていた。
  その後、友人から天勝本人の伝記(魔術の女王一代記)、村松梢風の魔術の女王の帰朝公演のくだりのコピーをもらった。それによると帝劇も好評で10日間の延長とあるが、それじゃあ横浜の7月1日が開けない。どうも後から書くものには誇張がみえる。新聞は天勝にインタビューもしていたがジャズには一切触れず、劇評欄にも見当たらなかった。初めて耳にする奇妙奇天烈な音楽に、チンプンカンプンで書きようがなかったのではないか。

[追記]

 どうしても公演の評判が知りたい。日本大通の日本新聞博物館、新聞ライブラリーに行ってきた。そしてついに見つけた。横濱貿易新報大正14年7月8日の演劇欄にその記事はあった。(以下かな使いなど若干手をいれ書き出してみよう)
「魔奇術よりも寸劇とダンス 喜樂座」
  天勝嬢という魔奇術の女王も一座十余名に嬌(きょう)艶(えん)をきそう娘子軍(ろうしぐん)をもっているということがなによりの武器である。いつもながら座外に溢れるばかりの観衆(けんぶつ)を吸収し魅惑している。
  独創と名乗る天勝の魔奇術には流石(さすが)に立派な道具が用いられて大仕掛けではあるが、稍(やや)もすれば小手先(こてさき)の狂いが感付れるほどなのは如(いか)何(が)したものであろうか。往年の鮮やかさが薄れて行くのは惜しいものである。
夫(そ)れかあらぬか、この一座も奇術からダンスやオペラへと移り行き、今度などは欧米土産のスケッチ劇と、流行のジャズ・ダンスを主として奇術が従となっている。外人ぞろいのジャズ・バンドに娘子軍の惜しげもない全裸体に近い豊艶な曲線美の躍動するとき、観客(けんぶつ)は固唾(かたず)を呑んで見入っているのであった。寸劇と名づけた短いスケッチ劇は面白いものではあるが、余りに身もフタもない。出演者の台詞(せりふ)まわしというものには天勝始め工夫が欲しいものである。(梨)」
  うーん、辛口の批評だ。だがよく読めば読者を煽っている文章でもある。音についての記述はないが“外人ぞろいのジャズ・バンド”とある。梨氏も耳よりも目がクギ付けになっていたのかもしれない。
  この約一年後の大正15年8月18日からの10日間、ちょうど喜樂座の斜向かいにある「朝日座」(現横浜東映会館)に出演している。ここではダンス、音楽、魔術の他に支那剣劇一座新加入となっている。京劇だ、日本を巡っていてどこかで加えたのだろう。アメリカの人々は1年間の契約だからこの後日本を離れたと思う。

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