前章に紹介した伊勢佐木町の<モカンボ>の他に、横浜にはジャズ・バンドが出演するナイト・クラブがあり、戦後ジャズ・ブームが沈静化したあともダンスができる大人の遊び場として繁栄していた。現在も元町に残る<クリフサイド>等である。
2013年の横濱ジャズプロムナードにジャズ・ヴォーカリストとして出演した大橋巨泉に、筆者は『古き良きヨコハマ』というエッセイの執筆を依頼し、以下の文章を書いていただいた。

「ボクが一番横浜へ通ったのは、1950年代の後半から60年代の初めにかけて、であった。若手のジャズ評論家で、構成者、司会者としても売れ出した頃である。当時横浜には、<ブルースカイ><ナイト・アンド・デイ><クリフサイド>と三つの大きなナイト・クラブがあった。東京にも<マヌエラ><コパカバーナ>などの有名クラブがあったが、東京を離れた方が人目も少ないので、銀座がハネたあと、皆でよく出かけたものである。
ボクは<ブルースカイ>派で、3回に2回はそこへ行った。スマイリー小原さんのバンドが出ていて、よく盛り上げてくれた(中略)。音楽的にも横浜は自由で、結構若手がジャムっていた。当時開局したばかりのラジオ関東(現RFラジオ日本)に高桑敏雄君という秀れたディレクターが居て、発表の場のないモダン・ジャズメンのために、「モダン・ジャズ・コーナー」という不定期の番組を作ってくれた。ボクは構成と司会と運転手(予算がないので、東京の仕事が終わったジャズメンを横浜まで自分の車で運んだ)までやった。ボクは構成と司会で一回二千五百円、ミュージシャンは一律一人千円であった。これで、渡辺貞夫、宮沢昭、八木正生、八城一夫、北村英治、西条孝之介らが喜んで出演してくれたのである」。

この文中の「発表の場のないモダン・ジャズメン」という言葉が1950年代後半の日本ジャズ界の有様を表している。集団心理にかかったようなジャズ・ブームが去ると、世は歌謡ヒットとアメリカからやってきたエルヴィス・プレスリー等のロックの時代になっていく。
この時代、ジャズは前章に述べたように完全にモダン・ジャズ時代に入っており、ジャズは聴きたいがナイト・クラブは敷居が高いという人々のジャズ熱を受け入れたのがジャズ喫茶だった。吉田衛の<ちぐさ>も盛業中で、米国からの輸入盤LPをいち早く仕入れ、特製のスピーカーを大音量で鳴らしてジャズを聴かせ常連客を喜ばせた。平均的なサラリーマンの月収が2万円ほどだったこの時代、輸入LPレコードが1枚2500~3000円だったのだからいかにジャズ喫茶が有難かったことか。まさにジャズ喫茶はジャズを勉強する場であり、<ちぐさ>はこうした硬派のジャズ喫茶の代表だった。

一方大々的なコンサートでもナイト・クラブ(キャバレエ)でもなく、日常的にジャズの生演奏を聴かせるライヴ・ハウスが出来始めたのもこの時代だった。吉田衛が関与した伊勢佐木町一丁目の<ワルツ>、海老原敬一郎クインテットが出演した長者町の<トリス・クラブ>等。伊勢佐木町有隣堂裏の<午後>は大橋巨泉の企画と司会で、1959年から渡米した穐吉敏子から引き継いだコージー・カルテットを率いて渡辺貞夫がレギュラー出演した。
東京にも銀座の<テネシー>、西銀座の<不二家ミュージック・サロン>、高柳昌行が結成した新世紀音楽研究所が毎週金曜午後に出演した銀座の<銀巴里>。1964年に吉田が世話人となって作った銀座<ギャラリー・エイト>にはバークリー留学から帰国の夜、渡辺貞夫を出演して話題を浚った。1965年には現在も盛業中の新宿<ピット・イン>が開店。
こうした常時生演奏を聴かせるジャズ・クラブの活動の一般化のきっかけを作ったのが1950年代末の横浜だったのである。
小針俊郎
ジャズ評論家、プロデューサー。1948年横浜市生まれ。1970年開局の年に株式会社エフエム東京入社。主として番組編成・番組制作セクションに勤務。2007年退社。現在ジャズのイベント制作、CD制作、ラジオ番組制作、新聞、雑誌等へのジャズ関連の記事の執筆を行う。一般社団法人横浜ジャズ協会副理事長、一般社団法人日本ジャズ音楽協会理事長を務めている。

参考文献
文中に引用元を記した資料の他、本稿執筆には下記の文献を参考資料として使用した。
- 宮脇俊文・細川周平・マイク・モラスキー(編著)『ニュー・ジャズ・スタディーズ――ジャズ研究の新たな領域へ』アルテスパブリッシング(2010).
- 吉田衛『横浜ジャズ物語:「ちぐさ」の50年』神奈川新聞社(1985).
- 内田晃一『日本のジャズ史――戦前・戦後』スイングジャーナル社(1976).
- 細川周平『近代日本の音楽百年 黒船から終戦まで 第4巻 ジャズの時代』岩波書店(2020).
- 相倉久人『至高の日本ジャズ全史』(集英社新書)集英社(2012).
- 毛利眞人『ニッポン・スウィングタイム』講談社(2010).
- 平岡正明『戦後日本ジャズ史』アディン書房(1977).
- 油井正一(著)/行方均(編)『ジャズ昭和史――時代と音楽の文化史』DU BOOKS(2013).
- マイク・モラスキー『戦後日本のジャズ文化――映画・文学・アングラ』(岩波現代文庫)岩波書店(2017).