序章で述べたような新奇の音楽ジャズが巻き起こす一種のブームは日本だけのものではない。同時にヨーロッパ、アジア諸国も含む世界的なものだった。ジャズという音楽の過激なリズム、従来の音楽にはなかった奇抜さ、大音響の騒々しさは、これを歓喜とともに受け入れる人々と、嫌悪と侮蔑の対象とする人々を生んだ。
単純化して言えこれほど刺激の強い音楽現象は歴史上かつてなく、流行は放送波、レコードの普及などによって果てしなくひろがっていった。前章に引用した音楽学者細川周平の著書には以下の記述もある。
「ジャズはアメリカニズムの最もわかりやすい象徴として、目新しい風俗すべての隠喩として流通していて、日本でも同じくエロ、グロ、ナンセンス、スピード、セックス、スポーツ、レビューなど新しいカタカナ語と結び合った。(中略)ジャズを新文明として肯定する若い書き手が現れ、ジャズは論争を巻き起こした。それは音楽よりも最新風俗の是非をめぐる論争だった」。
こうした喧噪ともいえる時代相のなかで「青空」「アラビヤの唄」などのアメリカ歌曲が、日本語詞を付けられた日本製の流行歌が所謂ジャズ・ソングとして流行り始めたのが1928年以降。それらの曲や流行についても、好悪の度合いの激しさには興味深い記録が多々あるが、本章では日本のスウィング・エイジとジャズの弾圧について述べる。
ジャズ史上にスウィング時代とされるのはほぼ1935~1945年である。1925年前後に上述のアフリカ系の天才たちが普遍化したジャズを、アメリカ一般大衆にとって親しみやすい音楽に進化させたベニー・グッドマンら白人ジャズメンの業績である。これによって普遍化の度合いは一層進み、体系化もなされたので異民族である日本人にとってさらに親近感のある音楽になった。このきっかけは1935年8月のロサンジェルスにおけるグッドマン楽団の大ブレークで、この出来事はすぐさま日本に伝えられた。

諸説ある日本へのジャズ上陸からおよそ10~15年。このニュースは「過激なリズム、大音響の騒々しさ」と受け止めた当時とは異なり、既にジャズを一時的な流行としてのみならず、音楽としてこれを学び咀嚼した多くの日本人にとって喜ばしいものと受け止められた。既にコロムビア、ビクターの日本法人は多くのジャズ·レコードを発売し、一般家庭でもジャズを聴く風潮が生まれていた。
この時代即ち「日本のスウィング·エイジ」を代表する音楽家が服部良一(代表作は新山下一丁目にあったバンドホテルをイメージして作られた『別れのブルース』や『青い山脈』『銀座カンカン娘』等)だ。1944年敗色濃厚な時代に彼は、東洋ににあってジャズの先進地域であった上海で李香蘭らと活動。敗戦直後からは笠置シヅ子を起用して『東京ブギウギ』などジャズ的なヒット曲を生み出した。

こうした服部良一に代表される昭和前期の「日本のスウィング·エイジ」は、近づく戦雲によって次第に明るさを失っていく。
1940年10月31日全国のダンス·ホールが内務省の命令によって閉鎖される。太平洋戦争開戦(1941年12月8日)直後には「敵性音楽」とされ軽佻浮薄はまだしも、堕落、頽廃、腐敗の音楽として弾圧される。1943年1月ジャズ·レコードの演奏禁止、供出廃棄。
当時横浜野毛でジャズ喫茶<ちぐさ>を経営していた吉田衛は6000枚所蔵していたSPレコードのうち「官憲などには判るはずがない」と500枚を供出し、残りを店の二階に隠匿し、親しい仲間に秘密裡に聴かせていたという。
さらに実演においてもジャズ的な編成や楽器表現(サックス、金管楽器のミュート)の禁止、英語表記の禁止と続く。
マサチューセッツ工科大学に留学経験があり、米国通の知識人として前述の「青空」の訳詞などを手掛けたジャズの理解者である堀内敬三は『音楽文化』誌1944年2月号に以下の文章を寄せている。
「ジャズを演奏していれば気持ちまで敵国風になるのは当然だ。そんな人間を日本に生かして置く必要はないのである」。
こうした時勢のなかで、内幸町のNHKスタジオでは対敵謀略放送のため一流ジャズ·ミュージシャンが集められ、東京ローズ(謀略放送の女性アナウンサーに米兵がつけた愛称)のMCによる番組でジャズを演奏。太平洋各地の米軍将兵に人気があったことも、この時代の日本のジャズ史の側面として付記しておく。
2025年7月
小針俊郎
小針俊郎
ジャズ評論家、プロデューサー。1948年横浜市生まれ。1970年開局の年に株式会社エフエム東京入社。主として番組編成・番組制作セクションに勤務。2007年退社。現在ジャズのイベント制作、CD制作、ラジオ番組制作、新聞、雑誌等へのジャズ関連の記事の執筆を行う。一般社団法人横浜ジャズ協会副理事長、一般社団法人日本ジャズ音楽協会理事長を務めている。

参考文献
文中に引用元を記した資料の他、本稿執筆には下記の文献を参考資料として使用した。
- 宮脇俊文・細川周平・マイク・モラスキー(編著)『ニュー・ジャズ・スタディーズ――ジャズ研究の新たな領域へ』アルテスパブリッシング(2010).
- 吉田衛『横浜ジャズ物語:「ちぐさ」の50年』神奈川新聞社(1985).
- 内田晃一『日本のジャズ史――戦前・戦後』スイングジャーナル社(1976).
- 細川周平『近代日本の音楽百年 黒船から終戦まで 第4巻 ジャズの時代』岩波書店(2020).
- 相倉久人『至高の日本ジャズ全史』(集英社新書)集英社(2012).
- 毛利眞人『ニッポン・スウィングタイム』講談社(2010).
- 平岡正明『戦後日本ジャズ史』アディン書房(1977).
- 油井正一(著)/行方均(編)『ジャズ昭和史――時代と音楽の文化史』DU BOOKS(2013).
- マイク・モラスキー『戦後日本のジャズ文化――映画・文学・アングラ』(岩波現代文庫)岩波書店(2017).